TOSHIMI物語 – Part3── 手放す決意と新たな武器

TOSHIMI T

ブランドを続けるために、土俵を変える。
そのためには、何を手放し、何を残すべきか。

私は 2017 年の秋、

その問いと本気で向き合うことになりました。

この物語は、ものづくり未経験の私が新規事業
「OBBIJINプロジェクト」に挑み(=OBBIJIN奮闘記
初の鞄ブランド「KIWAKA」を立ち上げ(=KIWAKA物語
そして予期せぬ事態から方向転換を迫られ
“第二の挑戦”として自身の名を冠した
ブランド「TOSHIMI」へ舵を切るまでの記録です。

ここからは、「何を手放し、何を残すか」を判断したプロセス
つまり“ブランドの核(コア)を再定義した軌跡”をお伝えします。


1. 迷いの中で見つけた原点

2017年秋。

私は「KIWAKAを続けるべきか」を深く迷っていました。

金華山織(きんかざんおり)という力強い素材は

KIWAKAの象徴でした。
故郷の名、紀州+和歌山から名付けた「KIWAKA」には
地元素材を使いたいという強い想いがあり
その結果、金華山織へ辿り着いたのです。

しかし、次第に違和感が大きくなっていきます。

ブランドの核に据えるべきは、素材か。
それとも、私が創出した技術や価値なのか。

私にとって決定的な気づきとなったのが
“iTOP™との出会い”です。
ファスナー会社の社長、宝石職人の社長という
奇跡のような縁の中で生まれた唯一無二のファスナー引手。

「これこそが私の武器だ」

という確信だけは、迷いの中でも揺らぎませんでした。

しかし問題がありました。

金華山織と組み合わせると唯一無二のiTOP™の

繊細な美しさが完全に埋もれてしまうのです。

私はここで初めて
“ブランドの核を間違えていたのではないか”
と気づき始めます。


2. 手放す痛みと向き合う

金華山織は、私にとって“恋した素材”でした。
それを手放す決断は、正直に言えば辛くてたまらなかった。

しかしブランド構築とは
「どの価値を主軸に据えるかを選び抜く作業」
でもあります。

2017年秋の予期せぬ事態が起こったおかげで
“核に残すべきは iTOP™ の価値である”
という結論に辿り着きます。

「貴婦人のような鞄」という原点に戻り

和歌山という地域性にこだわらず
黒の牛革で再構築する方向へ舵を切りました。

同時に、縫製工場のF社長が
小ロット生産に応えてくれる工房を紹介してくださり
私は新たな挑戦に向けて一歩を踏み出します。

しかし、モノづくりの現実は厳しい。
サンプルは3回仕上がっても納得できず
逆に量産を急かされる始末。

また西陣織の時と同じだ…

焦り、苛立ち、停滞。
けれどこの経験が、結果として
“次の扉”への伏線になりました。


3. 中東バイヤーが示した“未来のヒント”

2018年3月に行われた商談で、
サウジアラビアとドバイの企業が
KIWAKAに強い関心を寄せてくれました。

特に心を動かされた言葉があります。

「この引手は宝石で造ってもいい」
「パールも良い。中東では需要がある」

──私が密かに温めていた構想とまったく同じでした。

さらに、Part1での出来事も思い出します。

前職のお客様が、iTOP™を見て
「ダイヤモンドならもっと素敵ね」と
冗談のように、しかし真剣に言った一言。

その“伏線”が中東バイヤーの言葉によって
一気につながったのです。

「よし、行ける」

私はついに決意します。
iTOP™を“本物の宝石で造る”という挑戦を。


4. TOSHIMIへと舵を切る

KIWAKAを販売しながら
私は次のブランド「TOSHIMI」の構想を固めていきます。

自分の名前を冠したブランド。
iTOP™を宝石へ進化させる挑戦。
そして、土俵を変えて戦う覚悟。

迷いの中で掴んだ“原点”。
その種が、ようやく芽を出し始めた瞬間でした。

TOSHIMIは、ここから静かに動き出します。

つづく──