――掴みかけた扉と、
あえて進まなかった決断――
この物語は、「OBBIJIN奮闘記」
「KIWAKA物語」を経て
私が“第二の挑戦”として歩み始めた
TOSHIMIというブランドの記録です。
そして今回は、
2020年──パンデミックによって世界が止まる
その直前に起きた出来事をお話しします。
2019年11月。
ニューヨークから帰国した私は
ジェニファーの言葉を胸に刻みながら
次の目標を明確にしていました。
BERGDORF GOODMAN
Plaza Hotel
ハイエンドな価値観を日常としている人々に
自然に受け入れられる
ファスナー引手 「iTOP™」 を完成させること。
その余韻が残る12月
思いがけない連絡が届きます。
2017年のイタリア出張で訪れた
トリノの会社――
スポーツマネジメントを手がける企業の
女性スタッフからのメールでした。
メールの内容は、こうでした。
年明け2020年、
サンタバーバラ国際映画祭で
関連会社が製作したフィルムが
ノミネートされたこと。
そして、
「あなたも協賛しませんか?」
という誘いでした。
TOSHIMIの写真を見て
「ゴージャスで、社交の場に合うブランドだと思う」
そう評価してくれた上でのオファー。
メインゲストは、
日本でも人気のある
ブラッド・ピット氏。
華やかなハリウッドスターたちとの
晩餐会への参加権もあり
それは明らかに
TOSHIMIのリリースにとって理想的な舞台でした。
一瞬、心は大きく揺れました。
けれど、
現実は冷静に数字を突きつけてきます。
渡航費
宿泊費
衣装代
食事代
協賛と、それに伴う諸経費
軽く見積もっても、500万円以上。
TOSHIMIのプロダクト制作には、
すでに相当な資金を投じていました。
これ以上の借り入れはできない。
借金が膨らむ恐怖もありました。
どれほど魅力的な舞台であっても、
事業として無理をすれば、続かない。
悩み抜いた末
私は泣く泣くお断りの連絡を入れました。
この決断は
今でも忘れられません。
なぜなら、
「行けない」のではなく、
「行かない」と決めたからです。
それは、
夢を諦めた判断ではなく、
ブランドを守るための判断でした。
そして年が明け、2020年の春。
世界は、
突然のパンデミックによって
文字通り止まってしまいます。
国境は閉ざされ、
人の移動は制限され、
社交の場そのものが消えていきました。
「これからローンチするはずだったTOSHIMI」
そのタイミングでの、完全な強制停止。
正直、焦りました。
けれど今振り返ると、
あの時に無理をして
サンタバーバラへ行っていたら――
資金も、体力も、
そして精神的な余力も、
失っていたかもしれません。
世界が止まったことで、
私は立ち止まり、
考える時間を与えられました。
本当にやるべき形は何か
今、育てるべきものは何か
自分のペースとは何か
強制停止は、再設計の時間だったのです。
このPartでお伝えしたいのは、
「チャンスを断る勇気」 です。
すべての好機に乗る必要はない
規模が大きいほど、リスクも大きい
続けるための判断こそが、経営
華やかな話の裏側で、
静かに下す決断こそが
ブランドを長く生かします。
世界が止まったあの日。
私の挑戦も一度、止まりました。
けれどそれは、
終わりではなく、
**次の章に進むための“間”**だったのです。
つづく──